ビジネスと数学の関係

経営者・有識者インタビュー

~経済・社会における数学~

第10回 Applied Mathematicsの重要性
     グレン・S・フクシマ 氏
     (エアバス・ジャパン株式会社 取締役会長)

 

 

 

 

 

 社会でどのように役に立っているかわかりにくいと言われる「数学」。このコーナーでは、さまざまな分野の第一線でご活躍中の方々に、社会と数学のかかわりについて語っていただきます。第10回はMBAとJ.D.のダブルメジャー後、米国大統領府通商代表部日本担当部長、AT&T副社長などを歴任し、現在はエアバス・ジャパン株式会社取締役会長のグレン・S・フクシマ氏にお話を伺いました。


ビジネススクールやロースクールでの数学 / ビジネスにおける数学の活用 / 数学教育にもっとApplied Mathematics(応用数学)を

 

ビジネススクールやロースクールでの数学

―― フクシマ会長はハーバード大学ビジネススクールでMBA(Master of Business Administration:経営学修士)、ハーバード大学ロースクールでJ.D.(Juris Doctor:法務博士)を勉強されていますが、MBAやJ.D.の課程で数学的な思考はどのような形で役に立ちましたか?

 

 ビジネススクールでは多くの数字を扱うので数学は絶対に必要です。ビジネススクールは大学によって、内容や教え方に大きな違いが見られ、大きく分けるとハーバード大学やバージニア大学のように教科書はあまり使わずにケースを使って分析する手法をとるタイプと、MIT(マサチューセッツ工科大学)やシカゴ大学のように数学、とくに微分積分を使って経済学理論で分析するタイプがあります。
 ケースメソッドを中心としたプログラムでは、数学はあまり使われないと言われていますが、ケースそのものの分析にも数学力は必要で、数学に強い人のほうが良い成績を取る傾向が見られます。ケースメソッドでは明確な正解が設定されないことが多いのですが、実際のビジネスの世界からみると、明確な正解はない場合が多いので、ケースメソッドを採用しているビジネススクールのほうが現実に近いという意見もあります。だからこそハーバード大学のケースメソッドは世界的な広がりを見せているのです。しかし、ビジネススクールで教えている教授、あるいは、経済学部で教えている教授は、ケースメソッドよりも経済理論で分析するプログラムのほうが学問的には価値があるという見方をしています。また、経済学理論を使った分析は学問的な論理づけが中心なので、実社会での経験がなくても学問的に優秀な分析をすれば良い成績が取れる傾向が見られます。
 スタンフォード大学のビジネススクールや、ノースウェスタン大学のケロッグスクールなど、両方のやり方をバランス良く使って指導するビジネススクールもあり、「実務に即した考え方も学問的な考え方も両方とも重要だよね」という考え方が、近年の主流になっているようです。


―― ロースクールは法律の専門課程なので数学をあまり使わないとは思いますが、ロースクールの課程で数学的な考え方が役に立ったという実感はありましたか?

 

 私がロースクールにいた1970年代の終わりごろは、主にシカゴ大学などで、Law and Economicsという法律にミクロ経済学の理論を適用する考え方が盛んになってきたころでした。Law and Economicsを理解するにはミクロ経済学を使って分析するので数学は不可欠でした。数学を使ったのはLaw and Economicsと反トラスト法のクラスぐらいでしたが、それ以外の分野でも法律は論理的な文章の塊なので、数学によって養われる論理的な思考が役に立っていたと思います。
 したがって、ロースクールで優秀な成績を修めた人には、高校や大学で数学を勉強していた人が多かったですね。たとえば、ハーバード大学にローレンス・トライブというアメリカの憲法学の権威がいるのですが、彼は高校時代や大学の学部時代は数学の天才とされていて、そのまま数学者になれば優秀な学者になったであろうと言われている人なのです。このことは、数学を学ぶことで養われる頭の使い方や考え方は、ビジネススクールではもちろんロースクールでも役に立つことの証拠だと思います。


ビジネスにおける数学の活用

―― フクシマ会長はUSTR(アメリカ合衆国通商代表部)時代に日本との交渉を担当されていましたが、政府関係の交渉プロセスの中でも、数学的思考や論理的思考が力を発揮する場面がありましたか?

 

 USTRは貿易交渉や市場開放が主な仕事で、当時はどのようにして日本に外国製品の輸入量を増やしてもらうか、規制を緩和させるか、あるいは関税を撤廃させるかといった議論が中心でしたので、数理的な話が絡んでくる場面はたくさんありました。半導体の例では世界中でアメリカ製の半導体は売れているのに日本市場ではあまり売れない。そこで日本政府と交渉して関税をある程度緩和してもらったけど売れない。円高になって価格が下がっても売れないという状態でした。そこで、どうすれば日本がもっと外国製の半導体を買うようになるのかということを一年近く交渉し続けて、やっと締結されたのが「日米半導体協定」なのです。このような貿易交渉では、半導体に限らず米でもタバコでもそうですが、数字をベースとした議論が必要不可欠であり、数学的な考え方が非常に重要なのです。


―― USTRを退任した後、AT&TやNCRなど、多くの企業のマネジメントで活躍されていますが、企業のマネジメントにおいて数学的思考はどのように役立てられましたか?

 

 大きく分けて2つあります。1つは財務・会計関係。マネジメントは会社の財務を把握しなければ始まらないので、経営会議や取締役会では売上や利益率など多くの数字を中心に議論をします。その数字を見て会社の業績が好調か、それとも何か問題があるのか、問題があるならどうすれば解決できるのかといったことを決めますので、会社を正しく評価するには財務上の数字と会計上の数字を正確に把握分析することが必要不可欠です。
  もう1つはマーケット分析です。AT&TでもNCRでも、自分たちが取り扱っている製品やサービスの販売動向、例えばどのセグメントでどのくらい売れているのか、競争相手の製品との比較ではどうか、また、どの企業がどの業界に強いのかを知るにはマーケットの分析が不可欠で、かなり細かい数字の分析が必要とされました。
アーサー・D・リトルという経営コンサルティングの会社に在籍したときは、コンサルティング会社の仕事は依頼を受けた企業を分析し、どうすれば売り上げ利益率を向上できるのかといったアドバイスをして、その会社のさらなる成功に向けた提案をすることなので、財務・会計とマーケット分析の両方において高度な数字の分析が要求されました。どのようなビジネスでも必ず数字を扱うし、数字の裏には必ず数学的な考え方が存在するので、ビジネスパーソンには基礎的な数学力は最低条件だと思います。
  数学的な考え方がどの程度の力を発揮するのかは業界の性質によって異なります。たとえば、消費財業界のように規制があまりなく、自由競争が保証されていて、ユーザーも億単位でいるような業界であれば、市場機能が働くので業界や市場を分析して戦略を立案する時に数学が非常に重要な役割を果たします。しかし、私がいる航空機業界は数学だけですべてを説明できるような業界ではないようです。というのは、100席以上の旅客機を製造し世界市場を相手に販売している会社はエアバス社とボーイング社の2社しかありません。以前はダグラスやロッキードなどの会社もありましたが、合併統合や倒産などがあった結果、売り手は2社に集約されています。買い手に目を向けても、消費財とは異なり大型の旅客機を購入する顧客は世界でも数百社しかありませんし、何百機も保有できるような大規模な航空会社の数はさらに限られています。また、一度に発注される航空機の数は多くても数百機程度です。このような業界では市場機能で全て説明することができず、経済学・経営学の理論どおりにならないことが多いので、数学以外にも業界の慣習などその業界の特殊な市場環境を理解する力も必要なります。

 

 

数学教育にもっとApplied Mathematics(応用数学)を

―― フクシマ会長はハイスクール時代に数学を専攻されたと伺いましたが、数学のどのような点に魅力を感じられたのでしょうか?

 

 アメリカの小学校から高校で教えられている数学にははっきりとした答えがあったので、「答えがあること」が魅力の1つになっていたと思います。また、私はゲームが好きだったので「パズルを解く」ということに関心を持っていたことも、数学に魅力を感じた理由の1つだと思います。
  数学を学び初めた段階では、「なぜこのような手順が必要なのか」がわからないことが多かったですね。しかし、特に代数や微分積分の場合には問題を解いて答えを出すという演習を繰り返していくうちに、「なぜこうすると答えが出てくるのか」がだんだんとわかってきました。演習を繰り返すことによって後から論理がわかってくる。そういった種類の楽しみも数学にはありました。

 

―― 数学は社会で役に立っているということを子どもたちに伝えるためには、どのような教え方をすれば効果的だとお考えですか?

 

 私は日本の教育を受けた経験がないので、日本の数学教育の現状についてはよく知らないのですが、アメリカでの経験から言いますと、アメリカでは数学をPure Mathematics(純粋数学)とApplied Mathematics(応用数学)の2つに区別して教えられています。Applied Mathematicsでは実際の社会的な問題が提示され、それを解くために数学を活用する方法が教えられます。Pure Mathematicsの世界は非常に論理的で、ある一定のレベル以上になると天才的な創造性が必要とされる場合もあり、この世界で貢献できる人は限られてしまいますが、Applied Mathematicsはビジネスに関わるすべての人に必要とされる数学だと思います。経営者、あるいは実務家の立場から、自分がアメリカで受けた数学の授業をふり返って考えると、もう少しApplied Mathematicsに時間を割いて教えてもらえたらよかったと思います。単純な方程式を解くだけでなく、社会で起こっている事象に数学を応用して問題を解く。そのような数学の使い方をもっと教えたほうが良いのではないかと思います。そのためにも、ビジネスの現場で活躍している人、あるいは、ビジネスの世界で実績を残して引退された人を、教育の現場で積極的に活用することも重要なのではないでしょうか?

 

―― 20代や30代の若いビジネスパーソンがどのような形で数学と付き合っていけばよいのか、どのように勉強すればよいのかというアドバイスをお願いします。

 

 社会人になってからの勉強は、仕事にどのように役立てるかという視点が重要なので、その数学を自分の仕事でどう活用できるかという視点を常に持って勉強するべきです。数学の重要性を考えると、高校までの段階でApplied Mathematicsに割く時間を増やして、単なる技術として数学の問題を解くのではなく、社会における数学の位置づけや、数学がどのような形で社会に貢献しているのかを教えることも重要です。そして、若い人たちには何のために数学を使うのかという広い視野を持って、なぜ数学が役に立つのか、なぜ数学はすばらしいのかに気づいてほしいし、その気づきを与えるような数学教育に期待したいですね。

 

―― 今日はどうもありがとうございました。

 

プロフィール
グレン・S・フクシマ(Glen S. Fukushima)
 ハーバード・ビジネス・スクールでMBA(Master of Business Administration 経営学修士)、ハーバード・ロー・スクールでJD(Juris Doctor 法務博士)を履修後、米国大統領府通商代表部日本担当として、主にスーパー301条に関係した対日貿易交渉を担当。その後、AT&T副社長、アーサー・D・リトル社長、日本NCR共同社長などを経て、現在はエアバス・ジャパン株式会社取締役会長を務める。日系アメリカ人3世の実業家である。

エアバス・ジャパン
http://www.airbusjapan.com/