経営者・有識者インタビュー

第13回

ビジネスで役立つ三つの数学力

鈴木 貴博  氏
(百年コンサルティング株式会社 代表取締役社長)

社会でどのように役に立っているかわかりにくいと言われる「数学」。このコーナーでは、さまざまな分野の第一線でご活躍中の方々に、社会と数学のかかわりについて語っていただきます。第13回は大学で物理工学を専攻し、ボストンコンサルティンググループに入社し13年間勤務した後、ITベンチャー起業への参画を経て百年コンサルティングを創業し、マネジメントコンサルタントとして活躍する鈴木貴博氏にお話を伺いました。

経営者の悩みを論理的に整理し、問題を定義する

一口にコンサルティングといっても非常に幅広い仕事ですが、鈴木さんが手がけているのはどのようなものですか。

鈴木さん:
私がやっているのはマネジメントコンサルティングという分野の仕事です。この取材の前も上場企業の役員の方とディスカッションをしていたのですが、「景気が悪い」「売り上げが下がった」「魅力的な案件はあるが投資余力がない」等々、経営者の方はいろいろ悩みます。マネジメントコンサルティングとは、そうした悩みごとを論理的に整理しながら「結局、問題はこういうことですね」と提示してあげる仕事です。要は経営者の悩みを聞き、論理構造で整理し問題文に書き上げて、自分自身で解けるようにしてあげる。重要なのは「問題を定義する」ことで、それさえできれば自ずと解くことができます。

たとえば、ある経営者が「社員が働かない」と悩んでいたとしましょう。これをそのまま問題文にすると「どうやって社員を働かせるか」になりますが、往々にして経営者が自分で語る問題文は間違っています。社内のデータを見せてもらいどういうことが起きているのかを確認したり、統計データを見て業界構造や動向を調べてみたりすると、会社の戦略そのものが間違いや成長分野にも関わらず組織に人員が足りていないなど、社員は一生懸命働きたいのに何らかの原因があって働けないのが真の問題だったりします。そうやって問題を正しく定義してあげると経営者は有効な手を打つことができ、社員は一生懸命働けるようになるわけです。

現在はコンサルタントとして活躍されている鈴木さんですが、大学時代は物理工学を専攻されていたそうですね。

鈴木さん:
大学では半導体の物性研究をしていて、私と同じ学科を卒業した人はたいてい大手半導体メーカーかセラミックスの会社に入社していました。子どものころから数学と物理は大好きで、数学者のガウスが小学校時代、「1から100までの数字をすべて足せ」と課題を出され、「1+100=101、2+99=101、…、50+51=101 となるので答えは 101×50=5050 である」と即座に答えたエピソードなどを聞くと、胸が躍りましたね。物理の本を読むのも好きでした。物理学は数学がわかるとよりおもしろくなってきます。熱力学はかけ算と割り算でだいたいわかりますが、三角関数がわかると波動がわかるようになり、さらに行列がわかると相対性理論を解けるようになります。相対性理論は数式でわかるんです。

物理学に基づく思考はいまでも生きていて、たとえば東日本大震災では想定を上回る高さの津波が痛ましい惨事を引き起こしたと伝えられましたが、物理学を学んだ人なら「波のエネルギーは高さの二乗に比例する」ことを知っています。つまり、1mの津波と14mの津波を比較すると高さは14倍ですが、エネルギーは14の二乗で196倍にもなるわけです。そうやって見ると、東北地方沿岸を襲った津波の威力の凄まじさをより正しく理解できます。

数学力が仕事のできる人・できない人を決める

大学で半導体の物性研究をされていたのに、大学卒業後に「ボストンコンサルティンググループ(BCG)」へ就職されたのはなぜですか。

鈴木さん:
当然、私も半導体メーカーに就職するものだと思っていたんですが、当時は日米半導体戦争で半導体業界の景気が悪かったんです。会社訪問に行くと「投資したくてもできないんだよ」「ボーナスが現物支給になって……」といった話ばかり(笑)。それでなぜ、半導体戦争が起こっているのと話を聞いてみると、BCGの発明したコンセプトが根底にあることがわかりました。そのコンセプトとは「ラーニングカーブ」というもので、半導体の生産コストを分析していくと累積生産量の増加につれて急激なカーブでコストが下がるという考え方です。

ラーニングカーブのコンセプトに基づくと、半導体メーカーは生産量を増やしていけば急激にコストを下げることができるので、先に将来下がるコストに合わせて価格を設定しシェアを奪うという戦略が成り立ちます。そこからとにかく先に価格を下げ、シェアを取った者が勝つという競争が始まったのです。このゲームはシェアがナンバーワンになった企業の総取りになりますから、ナンバーワンになれなかった企業を訪問すると景気が悪かった。しかし、そういう会社でも「この世代では○○社が勝ったので、我々は次世代製品でいかにして勝つかに目が向いています」という話があったりして、非常におもしろく感じました。

コンサルティングファームへの就職を決めたのはそのとき、「半導体を作るより、売る戦略を考えた方が未来の世界を自分で創れる」と思ったからです。

ビジネスの現場で数学はどう役立っていますか。また、数学のできる人材とそうでない人材ではどのような違いがありますか。

鈴木さん:
ビジネスで役立つ数学力には大きく3つあって、その1つは四則演算です。とりわけ大切なのは割り算で、これができると企業の中がわかります。割り算とはすなわち比率で、たとえばコストの比率が売り上げの何%になっていて、去年と比べて何%変化しているのかというように、数字で全体の構造を把握し語れるかどうか。それができる人と、イメージや想像でしか語れない人とでは、ビジネスマンとして大きな差があると思います。

四則演算をベースにさまざまな事実を数字で押さえておこくとは非常に重要です。「あなたのビジネスのマーケットにはお客さんが全部で何人いるか」と質問されたとき、きちんと答えられるかどうか。さらには「お客さん全員が商品を買ったら売り上げはいくらになるか」「それに対してあなたの会社の売り上げはいくらか」といった質問に答えられるかどうか。その違いはおそらく「仕事のできる・できない」に大きく関係していると思います。

2つめは論理力。この力がよく現れるのが確率の問題です。確率の問題は意地悪で、「○○を持っていて、××を持っていない人が△△に出かけた確率はどのくらいか」などとわかりにくく書かれています。その文章を論理的に整理し、分母と分子にあたる数字を論理的に正しく把握し、正確に計算すれば答えを導けますが、確率が苦手な人は計算の前に論理の部分でつまずいてしまうのです。論理力はビジネスに必須ですから、確率の成績が悪かった人はもう一度よく練習したほうがよいでしょう。

3つめは因果関係で、説明変数と従属変数を理解できるかどうかが重要です。たとえば売り上げ高を説明する要因は何かを知るために、いろいろな数字を集めてきて重回帰分析を行う場合があります。そこでよく間違えやすいのが、結果である売り上げと変数を取り違えてしまうことです。つまり、ある要因を変数にして売り上げを結果として説明されているが実は売り上げのほうが変数で、ある要因がその結果という間違いを犯しているケースがよくあるのです。言い換えるとどちらがX軸で、どちらがY軸かをきちんと見極めなければいけないということで、X軸に結果を、Y軸に要因をとってしまったという間違いがとても多いです。

そして、これら3つの上位概念になるのが「問題定義」です。本人が意識しているかどうかは別として、ビジネスマンはまだ定義されていない問題を見つけ、それを解くという行為に取り組んでいて、3つの数学力はそのために使用するツールと言えます。

重要なのは計算スピードよりも計算式を作る能力

計算のスピードはビジネスの能力に関係はありますか。

鈴木さん:
私は算盤を習っていなかったので暗算は苦手ですが、計算は得意な人にやってもらったり電卓を使ったりすればよい。それより大切なのが計算式を作る力で、計算式そのものが間違っていたら計算結果も間違ってしまいます。たとえば、ベビーフード市場とペットフード市場の市場規模について比較検討する必要があったとしましょう。日本の年間出生数は約107万人。ベビーフードを食べるのは0~1歳までと考えると、ベビーフード市場にはおよそ214万人がいると推定されます。一方、飼育されている犬と猫の数はおよそ2147万頭です。この数字だけを比較すると、ペットフード市場のほうが10倍大きいように感じます。

しかし、犬や猫を飼っていてもペットフードを与える家庭ばかりではなく、晩ご飯の残りを与えている家庭もあります。どの程度の回数でペットフードを食べさせるかという頻度の問題もあります。ですから、単に2147万頭に製品単価を乗じて計算すると、間違った市場規模を導いてしまいます。2147万頭のなかでペットフードが与えられている比率とその頻度を加味した上で、製品単価を乗じてはじめて市場規模が算出されるわけです。こうした計算式をパッと作って計算できるかがビジネスに必要とされる数学の能力で、いくら計算が速くても計算式が間違っていてはどうしようもありません。

ビジネスの世界ではうまく問題定義をできる人と、なかなかうまくできず空回りしている人がいるように思いますが、どうすれば上手に問題定義できるようになりますか。

鈴木さん:
問題をエレガントに定義し解明しようとするには、シンプルにするか、精密に非常に高度なことをするかの二択になりますが、実際の経済やビジネスはあまりにも複雑過ぎて精密な解明を行うのは不可能です。したがって、うまく問題定義をするにはシンプルにする能力が必要で、それには割り切りが重要になります。「パレートの法則」というビジネスマンが大切にしている法則をご存じでしょうか。これは「売り上げの8割は全顧客の2割が生み出している」という経験則で、だから割り切って2割の顧客に絞ってサービスを手厚くしようなどと考えていきます。このような割り切りをうまくできるかどうかが「仕事ができる人・できない人」の境目になっている可能性もあります。

ビジネスの戦略、戦術の実行を担うのは会社組織です。それは50人かもしれないし1万人かもしれませんが、ビジネスはたくさんの人が動いて成立します。したがって、そこではシンプルなことしかできません。「この100ステップを実行すれば競争に勝てる」と計画を立てても、そんな複雑なことを大人数で実行するのは不可能で、「この3つだけをやれ」といったシンプルな号令をかけないとビジネスは動かない。結局、会社組織を動かすにはエレガントかつシンプルに問題を定義することが不可欠で、最終的にビジネスはそこに行き着くのです。

今日はありがとうございました。

プロフィール

鈴木 貴博(すずき たかひろ)

百年コンサルティング株式会社 代表取締役社長

東京大学工学部物理工学科卒。「ボストンコンサルティンググループ」に入社し13年間にわたり活躍した後、「ネットイヤーグループ」の起業に参画。2003年に独立して「百年コンサルティング」を創業し、大企業のマネジメントコンサルティングを手がけている。

百年コンサルティング株式会社
http://www.hyakunen.co.jp/

経営者・有識者インタビュー 一覧に戻る