経営者・有識者インタビュー

第21回

スピーディな意志決定を可能にする「概算力」

田岡 敬 氏
(株式会社JIMOS 代表取締役社長 代表執行役員)

社会でどのように役に立っているかわかりにくいと言われる「数学」。このコーナーではさまざまな分野の第一線でご活躍中の方々に、社会と数学のかかわりについて語っていただきます。

第21回はリクルートやマッキンゼー・アンド・カンパニー等を経て、通信販売会社のJIMOS代表取締役社長に就任した田岡敬氏にお話をうかがいました。

あらゆることを定量化し、判断に役立てる

田岡さんが社長を務める通販会社、JIMOSはどんな特徴を持っていますか。

田岡さん:
JIMOSは化粧品の通販事業を主力とし、マキアレイベルというブランドを持つ年商約100億円の会社です。これ位の規模の他の通販会社と特徴を比べると、他社はオーナー系の会社が多く、オーナーの「これだ!」というひらめきが当たり続けて成長しているところが多々あるのに対し、JIMOSは以前株式公開していたこともあり、現在は株式を保有する親会社への説明責任もあるので、とても数字にこだわって経営に取り組んでいます。その結果、何事も定量化して仮説検証のサイクルを回すのが得意な会社になりました。

通信販売というビジネスで必要とされる数学力、もしくは数的能力とはどんなものでしょうか。

田岡さん:
通販は、お客様の姿や購買意思決定までの様子など定性情報を取ることが難しいので、それを補うためにも我々の会社ではあらゆることを定量化して意志決定に役立てています。新規顧客を獲得するために広告を打てば、当然最初は赤字になるので、広告を出稿するという意思決定をするには、その広告投資がどのくらいの期間で回収できるかというシミュレーションが必要になりますし、スプリット・ラン・テスト(広告で複数の見出しや表現を試し最も費用対効果の高いものを抽出するテスト)も行います。KPI(重要業績評価指標)は200個ぐらいあり、さまざまな要素を数値化して意志決定に役立てているので、私たちの仕事と数字は切っても切れません。ただし必要になるのは基本的に四則演算だけで、高度な数学力が必要というわけではありません。

たとえば私たちがよく使う手法に感度分析があります。新規顧客を獲得するために広告を出稿すると最初は赤字ですが、お客様がリピートして購入することで最終的に黒字化します。この期間を広告の投資回収期間と呼んでいて、通販会社ではだいたい1年から3年ぐらいの期間になっています。投資回収期間をシミュレーションするためのKPIは、初回購入単価、二回目購入率など顧客の購買行動を2-3年間追い掛けますので数十項目に及び、そのなかでもインパクトが大きいのは新規会員獲得における一人あたり広告費(CPO Cost per Order)と、初回購入における定期率です。定期率とは商品を定期的にお届けする契約の割合です。定期率が高まると当然全体の2回目購入率(=リピート率)が高まりますので、途端に収益性が向上します。そこで縦軸にCPO、横軸に定期率をおいて、それぞれの数字が動くと投資回収期間がどうなるか各商品についてシミュレーションをしておき、各商品の最新のCPOと定期獲得率を見て、一番投資回収期間が短い商品に広告費を毎月張り替えていくのです。これが感度分析で、このようにしてどの商品に広告費を投じるべきかを常に判断しています。

物事を定量化して判断に役立てている会社とそうでない会社、どこに違いがあるのでしょうか。

田岡さん:
経営者がそれを求めるか、求めないかでしょう。通販ビジネスは自分たちで商品をつくり、プロモーションし、販売するという製造小売業ですが、通販にはお店がありません。リアルのお店はオペレーションが大切で、日々お店を運営したり労務管理をしたりできないといくらよいアイデアがあっても価値を実現することはできません。しかし私たちは無店舗販売でリアル店舗に比べるとオペレーションの重要性が店舗よりも低いので、よいアイデアを出す、迅速に適切な意思決定をするという上流の活動のほうがずっと重要になります。つまり「考えて、決める」ところに価値の大部分が集中する。そのとき、左脳的な数字に基づく定量的な分析と、右脳的なコンシューマーインサイトの双方がかみ合うとブレイクスルーが起こります。このかみ合わせを左脳担当のAさん、右脳担当のBさんでディスカッションするやり方もあるのですが、やはり一人の頭の中の左脳と右脳で考えられたほうがはるかに大きなブレイクスルーを生み出せます。ですから社員には左脳も右脳も鍛えて欲しいし、とくに数字の扱いはどの部署でも必要になるのでしっかり学んで欲しいと思います。

概算力がないから異常値に気が付かない

昨年、御社で「ビジネス数学講座」をご利用いただきましたが、それは会社として数字を活用しているからなのですね。

田岡さん:
そうです。さらにビジネス数学講座へお願いしたいのが「概算力」を身に付けるトレーニングです。私がマッキンゼーに勤務していたとき、Back-of-the-envelope calculation(封筒の裏の計算)の重要性を言われたのですが、ビジネスの動かし方としては議論が盛り上がったときにその場で重要な数字の骨組みだけ拾い、余っている紙の裏ででも概算し、ダイナミックに意思決定まで行ってしまうのが理想なんです。一々各部署に持ち帰って検討しなおす、なんてことをやっていてはスピードが遅すぎますし、所詮将来に関する予測に基づく意思決定ですから、詳細な分析・予測をしても意味がありません。それよりもいろんな数字があるなかで、何が重要KPIであるかを見抜き、それが変化するとどのくらい大きなインパクトになるのかその場で計算してしまう、そんな概算力を社員には身に付けて欲しいと思います。

概算力の重要性は大学時代、私が専攻していた土木学科の先生が力説していたのを今でもよく覚えています。「平気で一桁の計算間違いをして気が付かない人が多い」と先生はよく嘆いていました。一桁も計算を間違えていたら普通は気付くと思いますよね。でも現実はそうではない。概算力がないと異常値に気が付かないんです。ビジネスのなかで出てくる資料でも数字を間違えているものが残念ながら相当あって、ミーティングで私が最初にする仕事も資料の数字の間違い探しだったりします。議論の場で封筒の裏にぱっと計算でき、計算間違いや異常値にすぐ気付けるような概算力の研修をぜひ開催して欲しいと思います。

実際にビジネス数学講座を社員の方が受講されて、どんな感想をお持ちですか。

田岡さん:
社員が受講することで、自分たちの水準がどのくらいにあるかを知って衝撃を受けました。このレベルで大丈夫か、まだまだ勉強しなければならないと。私たちはいま、社内で通販に特化した数学問題集をつくっていますが、通販に限らず最近はポイントカードが普及し一般の小売でも個人の購買データを取れるようになり分析対象データが飛躍的に増えていますので、概算力をはじめとする数的能力に関するトレーニングにはどんどんニーズが高まってくると思います。

一方、化粧品は機能的価値だけでなく情緒的価値が求められる商品という特徴があります。先ほど左脳的能力と共に右脳的な能力がブレイクスルーを起こすために必要というお話がありましたが、右脳的な能力のトレーニングは何か社内で取り組んでいますか。

田岡さん:
確かに化粧品は情緒的価値が非常に高い商品なので、左脳的な能力一本でつくれるようなものではありません。ただ、右脳的な能力のトレーニングはとくに社内で実施してはいません。右脳を仕事で発揮させるのは、お客様に肉薄し、お客様満足を追及する気持ち・お客様への愛、や仕事へのやる気、根性、執着といったもののような気が私はしています。「自分の縄張り」や「地位・責任」等々に気がいっている雑念がある人からはブレイクスルーを生むようなアイデアは出てきません。やはり純粋に「お客様のため」「世の中にとって価値のあること」を考えられるような人からよいアイデアは出てくるんです。

また、自分が業務を執行しながらよいアイデアを出すのも難しいですね。仕事でよいアイデアを出すとかえって自分の仕事が増えてしまったり、負担が大きくなってしまったりする側面があるからです。よりよいアイディアによって、ほぼ完成間近の仕事を一からやり直す必要が発生するかもしれません。私は社長で業務の執行をしないから、比較的アイデアが出やすいのだと思います。そう考えると右脳的な能力の発揮に関する問題は、「アイデアを出すとやり直しなど負担が増える…」「うまくいかなかったら責任が…」と自分の思考に制限をかけている部分が大きいのだと思います。あとはよく言われる話ですが、経験がじゃまをしてしまう側面もあります。掲間から来る思い込み、先入観がじゃまをして、新しいアイディアを出すのを妨げてしまいます。このように、思考の制限がない環境にいられる人をいかにつくるかが大事だと考えています。。

インパクトの大きい指標を見付けるものは「執着心」

子供の頃から算数や数学は得意でしたか。また、学生時代の数学に関する思い出はありますか。

田岡さん:
私はもともとそんなに勉強ができる子供ではありませんでした。最初に自信が付いたのは九九をクラスで一番早く覚えたことです。そうしたら算数ができるようになって、もっと自信がついて他の教科もできるようになっていきました。

数学の思い出に関しては浪人時代、予備校に通っていたときに「図形に一本、補助線を引くだけで別の見方ができる」という教え方が得意な先生がいて「これは凄い」と思った記憶があります。化学の授業でも「化学反応式をたくさん暗記しなくても、各原子の結合の手の本数は決まっているので、原理原則がわかっていればその場で解ける」という教え方をする先生がいらっしゃって、それに感銘を受けた私は言われた通り原理原則に立ち戻って解くというやり方をしていました。だから化学反応式は解けるのですが、できた物質名を問われるとわからない(笑)。英語でも「接頭語、接尾語にはこういう意味がある」という教え方をする先生がいらっしゃって、これは面白いと思って接頭語、接尾語の意味はたくさん覚えたのですが、あとはあまり単語を覚えず試験に臨んだりしました。

そうして身に付けた数学的な思考能力や原理原則に基づいて考える思考方法は、現在のお仕事に生かされていますか。

田岡さん:
上手く表現できないのですが、概算するときや図形的なものを見るときの感覚は強く自分の根っこに残っている感じがします。たとえば私が感覚としてよく使うものに「比率」があります。通販では、1ヶ月単位で複数の施策のデータの加重平均をKPIとしてウオッチしていくケースが多いのですが、たとえば値が100のものが25個と、値が200のものが75個あったときの加重平均を求めるとき、個数の比率は1対3ですから解は値100と値200の間で同じ比率になるあたりに存在すると概算します。この場合、値100と200を1:3に分けた点、175が加重平均です。するとそこから外れた値を加重平均として提出されても「これはおかしい」とすぐ気が付くわけです。この場合頭の中に、重さが1:3である錘を釣り合わせるには、手の長さは逆に3:1、という絵が浮かんでいます。

先ほどポイントカードからさまざまなデータが取得できるようになったという話がありました。つまり、その気になればデータ分析ができる環境になったわけですからこうした感覚を磨き、きちんと分析していくことがますます重要になりますね。

田岡さん:
数学的な感覚と同時に、やはり事業をよく理解していることが重要です。いまはデータマイニングのとてもよいソフトがあって、例えばこれを使えば毎冬発売している一個2万円の高級クリームを23万人いる当社のアクティブ会員のうち誰が買いそうか確率順に全員を並べることもできます。ただ、ソフトにローデータを入れるだけでは、私たちがExcelで一生懸命分析するのとあまり精度は変わらず、合成変数を作りどんどん入れ込んで初めて精度が上がっていきます。しかしデータを分析する専門家は通販事業をよく理解していないので、何が指標として重要になりそうかがわからない。そのため適切な合成変数を入れ込むことができず、議論をしていても「この観点が抜け落ちている」という場面がよく起こります。

何が重要指標かという問題では私自身も痛い目にあったことがあります。シミュレーションではもっと利益が上がるはずなのに、実際はそうなっていないケースがありました。そこでシミュレーション内容を見直してみたら案の定、昔はインパクトが小さかったのにその後格段にインパクトが大きくなったKPIがあったり、固定値にしていた要素が時代の変化で大きく数値が変わっていたりという問題がありました。

重要な指標が何であるかをつかめないと、間違えてしまうのですね。

田岡さん:
私が以前、リクルートで新卒採用広告の営業をやっていたとき、それまではどのエリアに営業へ行っても自由だったのに、ある日突然「あなたはこのエリアしか営業してはいけません」と担当エリア制に変更されたことがありました。地域のクライアントを深堀りするための施策だったおですが、私に割り当てられたエリアは新卒採用に力を入れる企業は少なく、新規クライアント獲得に非常に苦労しました。それで営業成績が上がらなくなってしまったのですが、嘆いても仕方がありません。試しにそのエリアで以前、獲得した新規のお客様を地図に蛍光ペンでプロットしていったんです。すると「これは!」と思う発見がありました。新卒採用広告を出稿してくれたお客様は、全部自社ビルを持っていたんです。確かに、安定した資産があってこそ長期的な投資である新卒社員がしやすいのでしょう。そこで自社ビルを保有している会社に集中して営業をかけたところ、新規顧客売上でナンバーワンになりました。気付いてみれば当たり前の話ですが、自社ビルが重要指標であると気付けたのは、エリアがよくなくても絶対に広告を売ってやろうという執着心だったと思います。ブレイクスルーを起こすには、やはり執着心の有無が大事なのだと思います。

今日はありがとうございました。

プロフィール

田岡 敬(たおか けい)

株式会社JIMOS 代表取締役社長

1968年生まれ。東京大学土木工学科卒業後、リクルート入社。その後、ポケモン、マッキンゼー・アンド・カンパニー、ナチュラルローソン、IMJを経て2010年にJIMOS代表取締役社長就任。

株式会社JIMOS
http://www.jimos.co.jp/

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