経営者・有識者インタビュー

第23回

数学力はどう事業開発で役立つのか?

秋山 ゆかり 氏
(株式会社Leonessa 代表取締役社長)

社会でどのように役に立っているかわかりにくいと言われる「数学」。このコーナーではさまざまな分野の第一線でご活躍中の方々に、社会と数学のかかわりについて語っていただきます。

第23回はボストン・コンサルティング・グループの戦略コンサルタントやGE Internationalの戦略・事業開発本部長、日本IBMの事業開発部長等を歴任し、現在は株式会社Leonessaを設立して政策立案と事業開発コンサルティングを行うとともに、声楽家としても活躍する秋山ゆかりさんにお話をうかがいました。

世界初の音楽ダウンロードサービス立ち上げ! しかし……

秋山さんのご専門である事業開発とはどんな仕事ですか。

秋山さん:
事業開発には新しい事業の創造とうまくいかなくなった事業の立て直し、そして破たんしてしまった事業の再生という3つの分野があります。私はどれも手がけていて、比率的には新規事業の立ち上げが4割、事業の立て直しと再生が6割です。私はエンジニアとしてキャリアをスタートさせたので、20代は新しいテクノロジーを使って新たなマーケットを創造する新規事業の開発に偏っていたのですが、30代に入ってからは、事業の立て直しや再生も手がけるようになりました。

どんな分野のエンジニアだったのですか。

秋山さん:
アメリカのイリノイ大学在学中に世界初のブラウザであるNCSA Mosaicの開発チームにいました。今ではChromeやInternet Explorerなどの有名なブラウザがありますが、当時は誰も見たことがないものでした。そこで、どうやって使ったらよいのか、ビジネスで何ができるかを積極的に提案して、世界に広めていくように、事業開発に取り組んでいました。

新規事業の開発では大失敗もしました。インテル社に勤めていた96年に世界ではじめての音楽ダウンロードサービスを立ち上げましたが、わずか2か月でサービスが中止になってしまったこともあります。当初、このサービスは同じ事業部の人たちからは「斬新!」との評価を受けました。しかし、当時はまだダイヤルアップ通信の時代で、一般の人の利用環境と開発環境がかけ離れていたことに気がついておらず、ダウンロードはほとんどされませんでした。

その後、いくつかの失敗や小さな成功の経験を積み、97年に世界で初めてインターネットで映画広告を配信するシステムを『タイタニック』でつくり大成功しました。

20代のころは、新規事業開発の成果にムラがあり、「さすがにこれはまずい、成功する事業とそうでない事業の差がありすぎる」と思い、ボストン・コンサルティング・グループ社(BCG)へ移り4年間の実務経験を積んで、ビジネススキルを磨きました。同時に、会社の仕事とは別に自分も出資してベンチャー企業をいくつか立ち上げ、BCGの仕事が終わった後の時間を利用して、「夜中の仕事」といってさらに働き、経験を増やしました。

最近出版されたご著書(『考えながら走る―グローバル・キャリアを磨く「五つの力」』)を拝読すると、BCGの後はSAPジャパン社で業績の立て直しに奔走されたそうですね。

秋山さん:
「4年連続で悪化している業績を3年でリストラせずに立て直してほしい」と声がかかりました。事業再生は事業開発の1つの手法なので、事業開発のプロをめざすならぜひ手がけてみたいと思い、お引き受けしました。

具体的にどんなことをして事業を再生していったのですか。

秋山さん:
SAPジャパンのビジネスモデルは非常にシンプルで、ソフトウェアを販売した後に、システムを構築し、ソフトウェアをメンテナンスする。システム構築とメンテナンスは、ソフトウェア販売するとついてくるので、まず、ソフトウェアの販売を強化しました。
そこで取り組んだのが営業改革です。営業面では、提案営業のトレーニングを実施しました。それは、30%の社員のスキルが変わるだけで売り上げは相当変わってくるからです。また、成功事例を作り、社内展開をするために、強い危機感を持っていたあるチームのリーダーと仲良くなって、営業戦略策定と提案営業サポートを始めました。

さらに、4年連続で悪化している業績のため、社内の雰囲気があまりよくなかったので、楽しそうな雰囲気をつくることを徹底しました。

すると、「あのチーム、楽しそうだな」「秋山という人間が手伝っているらしい」という話がどんどん広まり、他のチームも私のやっていることに興味を持ってくれるようになっていきました。その結果、製品が売れ始め、最初の1年で会社全体の業績が大幅にアップしました。

数学を使えば複雑な世界をシンプルに表現できる

事業開発という仕事のなかで数学はどのように役立っていますか。

秋山さん:
私はSAPジャパンの後にGE International社でヘルスケアやエネルギーなどインフラ関係の事業開発を手がけました。インフラ関係の事業開発では、国家単位のプロジェクトになるケースも少なからずあります。そうした国家単位のプロジェクトは政府への政策提言までしないと動かせません。それにはまず仮説をつくり、データを収集し解析をかけて提言をして、それをアクションに結びつけてまた仮説づくりに戻る。このプロセスを繰り返すのはどんな仕事でも同じかもしれません。その解析をするには最低限の統計の知識が必要です。私は統計学科を出ているので、そこで学んだことがとても役立ちました。

また、新規事業を立ち上げるときはパッションとロジックが必要です。ロジックの根拠には、数字がいります。「この事業にはどれだけのお金がかかり、どのくらい儲かり、何年で投資を回収できるのか」ということをきちんと数字で詰めていくことです。数字には根拠が必要ですが、日々の環境変化によって数字は変化します。国の政策や競合他社の動向で、数字も楽観的になったり悲観的になったりするわけです。その変化を織り込みながら、この事業は投資に見合うのか、投資を回収できるようにするにはどうしたらよいのかを毎日計算しながら動かなければなりません。

日々変化する数字をとらえ、修正しながらビジネス上の判断と行動に役立てていくのですね。

秋山さん:
もう1つ付け加えると、数学の良さは複雑な日々のできごとをシンプルにまとめ、表現できる点にあると私は思っています。事業開発の際、ビジネスモデルは凝ったものをつくりたがる人も多いのですが、実は凝ったビジネスモデルで成功したものはあまりありません。なぜかというと顧客や関係する会社にもわからない複雑なビジネスモデルでは「本当は誰が儲けているのだろう」「本来、ウチが取るべき利益が奪われているのでは?」と疑心暗鬼になってしまい、うまくいかなくなることが多いからです。ビジネスモデルにはシンプルさが非常に重要で、シンプルに説明する際に、数学の能力がとても役に立っています。

数学を使って複雑なものをシンプルにするとは、たとえばどんなことですか。

秋山さん:
当たり前のことですが、利益は「売り上げ-コスト」ですよね。では売り上げとは何かと考えると「市場規模×シェア」ととらえることもできるし「商品1個あたりの金額×個数」ととらえることもできます。コストなら「固定費+変動費」で表せます。こうやってたくさん数式を考え、そのときに最も重要な数式をピックアップして管理指標に使い、操作可能なところに手を打っていけば業績を良くすることができます。先ほどのSAPジャパンのケースでもこうやって数学的に考えていくことで、「メンテナンスはソフトウェア売り上げの従属変数だから手を入れるべきは営業で、ソフトウェアの売り上げが伸びればメンテナンスも伸びる」と判断できるようになるわけです。

どうすれば数学力を育めるのか?

秋山さんは事業開発のお仕事のほかに声楽家としても活動されています。音楽と数学は無関係に見えますが、音楽の活動に数学が役に立っていることはありますか。

秋山さん:
誰の言葉だったか忘れてしまったのですが、音楽は音という手段を用い、人間の感性を通して世界がどのように見えているかを、一方、数学は人間の知性を通して世界がどのように見えるのかを表現すると言われています。両者はシンプルさとバランスの良さが大切な点で共通しています。雑多で矛盾に満ちている現実の世界をどう簡潔に表現すれば本質が見えるかを考える点は音楽も数学も同じで、音楽は人の喜びや悲しみを音で、数学は自然現象や社会現象を数で表現します。

もっと細かい話をすると、音階そのものが数式で表せます。ド・ミ・ソなど聞いていて心地よい音は全音階と言われるもので、それは整数できちんと表現できる世界です。逆に「悪魔の音」と言われる音階もあるのですが、やはりそれは割り切れず整数で表現できない世界なので、そういうところでも数学と音楽は結びついていると思います。もともと古代ギリシャ時代には、数学と音楽はリベラルアーツという同じ教科で教えられていました。別に分けて考える必要はないように思います。

確かに、数学オリンピックで金メダルを取って現在はジャズピアニストをされている方がいますね。やはり子どものころから数学が得意だったのですか。

秋山さん:
数学はとても好きでした。私は小さいころはアメリカで育ち、小学生になる前に一度日本に帰り、中学生でまたアメリカに行きました。英語が身につく前に日本に帰っていたので英語ができなかったので、アメリカの中学校に入ったときには言葉が通じなかったのです。だから国語や歴史の授業では先生が何を言っているのかわからなかったのですが、数学は言語を超え、言葉を必要としないので理解できました。しかもそこには整った美しい世界があります。コンパクトにまとまった数式の裏にはたくさんの意味があり、言葉では表しきれないものすべてがそこに凝縮されています。語学ができなかったことで、理解ができる数学にどんどんのめり込んでいきました。

秋山さんのように数学、あるいは数学的な思考力を身につけるにはどうすればよいのでしょうか。

秋山さん:
私の母はものすごく数学ができる人ではないのですが、私の話をうんうんとよく聞いて、悩んでいたら道をつくってくれる人でした。中学ときの夏休みのレポートで、ピタゴラスの定理を新しいアプローチで証明する仮説を親に相談したら、「この大学のこの先生ならわかるかもしれない」と電話帳で調べてくれました。小学生のときに「雲母(=うんも。ケイ酸塩鉱物のグループ名で、別名きらら、きら、あるいはマイカと呼ばれる)の研究をしたい」と言ったときも、雲母の採取に長野県まで連れて行ってくれました。さすがに大きな岩を採取したときは「もう少し小さいのを探したら」と言われましたが、私が興味を示したことに対し何か言われたのはそれぐらいですね。後で知ったことですが、私が図書館で雲母の本を探すのに悩んでいたら、母は司書さんに「私にはわからないからアドバイスしてあげてください」と根回しもしてくれていたようです。

そうやって親が子どものやりたいことをできる環境をつくってくれたのは、とてもありがたかったです。ですから学びたい意欲がある子どもたちに対し、親はリミットをかけずにどんどん好き勝手にやらせてあげてください。それから子どもが迷ったり悩んだりしていたら、相談に乗ってくれそうな先生をインターネットで探して「ここにメールするといいよ」と教えてあげてください。私の母は「ここに電話して『Excuse me.』と叫べばきっと先生につながるよ」という、ものすごく雑な教え方でしたが(笑)。

今日はありがとうございました。

プロフィール

秋山 ゆかり(あきやま ゆかり))

株式会社Leonessa代表取締役社長

イリノイ州立大学在学中に、世界初のウェブ・ブラウザであるNCSA Mosaicプロジェクトに参加し、インターネット・エンジニアのキャリアを重ねる。ボストン・コンサルティング・グループ社の戦略コンサルタントを務めた後、イタリアへ声楽留学。帰国後、東京オペラシティ、サントリーホールなど国内外でのコンサート活動をしながら、GE International社の戦略・事業開発本部長、日本アイ・ビー・エム株式会社の事業開発部長等を歴任。2012年に株式会社Leonessaを設立。20年以上の事業開発の経験を生かし、医療関連の政策支援、大手企業の新規事業開発、中東・ロシア・東南アジアの事業開発のプロジェクトを行っている。尚美学園大学芸術情報学部音楽表現科非常勤講師。主な著書に、『ミリオネーゼの仕事術【入門】』(ディスカヴァートゥエンティワン)、『「稼ぐ力」の育て方』(PHP研究所)、『考えながら走る―グローバル・キャリアを磨く「五つの力」』(早川書房)がある。

イリノイ州立大学アーバナ・シャンペン校(UIUC)情報科学部及び統計学部卒業。
奈良先端科学技術大学院大学 情報処理学工学修士。
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 博士課程中退。

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